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アイスハート

あの時、凍った私の心。炉心溶融、人を愛す心はいつ溶るのか。傷だらけの一片氷心の日常。

『パイロットフィッシュ』大崎善生/人が生み出す記憶と感情の永遠

読書/書評 読書/書評-小説

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私が小学生くらいだった頃、今は亡くなってしまった父が90センチもの大きな水槽をリビングに置き、色とりどりの熱帯魚と、貪欲に生い茂る水草たちを管理していた日々を思い出します。

形から入る私はそんな父の姿を見よう見まねして、小さな水槽でアクアリウムをはじめて、ものの見事に失敗したものです。

さて、今回読んだ小説は大崎善生の『アジアンタムブルー』の前作にして、小説としての処女作『パイロットフィッシュ』です。

人は、一度巡りあった人と二度と別れることはできない―。午前二時、アダルト雑誌の編集部に勤める山崎のもとにかかってきた一本の電話。受話器の向こうから聞こえてきたのは、十九年ぶりに聞く由希子の声だった…。記憶の湖の底から浮かび上がる彼女との日々、世話になったバーのマスターやかつての上司だった編集長の沢井、同僚らの印象的な姿、言葉。現在と過去を交錯させながら、出会いと別れのせつなさと、人間が生み出す感情の永遠を、透明感あふれる文体で繊細に綴った、至高のロングセラー青春小説。吉川英治文学新人賞受賞作。

アジアンタムブルーより過去の話し

繊細な観葉植物「アジアンタム」に恋人を亡くした失意の主人公・山崎の心情を例えた『アジアンタムブルー』。

本作品は、その時代より前の物語で、実際に『パイロットフィッシュ』の方が先に刊行されています。

本作品は、文人出版で働く主人公・山崎が、学生時代に付き合っていた女性・由希子から、19年ぶりに電話が掛かってくるところから始まります。

パイロットフィッシュとは

作品のカバーデザインから察しが付くかもしれませんが、パイロットフィッシュとは一般的には熱帯魚の事を指します。

ただしこれは固有名詞ではなく、ある種の魚たちの総称です。

それは新しい水槽を導入する際に、後続の魚たちのための生態系を築くための、環境整備屋さんという重要な役割を担う魚たち。

「たとえばね、アクアリウムの上級者がアロワナとかディスカスだとか高価な魚を買ったとするだろう。高級魚というのは大抵神経質で弱いんだ。そんなときに、その魚のためにあらかじめパイロットフィッシュを入れて水を作っておくんだ。これから入る高級魚となるべく似た環境で生育した魚を選んでね。そして、水ができた頃を見計らって本命の魚を運んでくる。でね、パイロットフィッシュは捨ててしまうんだ」(34ページ)

しかし、環境が整った後のパイロットフィッシュは、人の手で捨てられるか、後から来る大型の熱帯魚の餌となってしまうそうです。何だか切ないですね。

人間社会におけるパイロットフィッシュ

映画やドラマでも脇役が居なければ、いくら強烈な主人公だとて浴びるスポットライトは薄れてしまいます。

しかし他人の人生のためのパイロットフィッシュとなると、自ら進んでそんな役割を引き受ける人はまず居ないでしょう。

なぜなら、人は誰もが自分が人生の主人公であり、後に犠牲になることを知りながら、人に尽くす事なんてできません。言い換えれば、見返り無しで人へ本当に優しくすることは難しい、という事です。

しかし、偽善だとかそういった事抜きで誰かのために献身的だった人、そういった人は確かに居て、図らずとも他人のために犠牲になった人、それを本作品はテーマとしていると思料します。

本当に偉い人間なんてどこにもいないし、成功した人間も幸福な人間もいなくて、ただあるとすれば人間はその過程をいつまでも辿っているということだけなのかもしれない。幸福は本当の幸福ではなくて、幸福の過程にしか過ぎず、たとえそう見える人間でも実はいつも不安と焦りに身を焦がしながらその道を必死に歩いているのだろう。(170ページ〜171ページ)

【総合的な感想】

以前に装丁の美しさだけで購入した『アジアンタムブルー』を読み、大崎善生という作家が気に入り、その前の作品という事で読んだ『パイロットフィッシュ』。

登場人物はどちらの作品も、アダルト雑誌の編集部に務める山崎隆二とその周辺人物ですが、物語自体はどちらも独立しているため、どちらの作品を先に読んでも全く違和感は感じないと思います。

現に私は、てっきり『パイロットフィッシュ』が『アジアンタムブルー』の続編と思い込んでいたぐらいで、読み終わっても尚気づきませんでした。お恥ずかしながら、大崎善生の他の作品を探そうとWikipediaを読んでいた際、作品の刊行順を見て初めて気づきました。

本作品は、過去の記憶や感情の永遠さを人と人との出会いに比喩していることが印象的でしたが、作品名となっている「パイロットフィッシュ」という熱帯魚や、犬の寿命とその感情など、人間以外の生き物の役割やその視点など、「なるほど、そういう考え方があるのか」と、様々な日常の観点に気付かされました。

ちなみに、どこか文体が村上春樹に似ているなぁと思っていたのですが、大崎善生自身が初期の村上春樹の作品に多大な影響を受けている、という事で、納得がいきました。(これも、Wikipediaから仕入れた知識です。)

大崎善生の作品は他にも沢山あるので、今後も気になる作品を見つけたら買って読んでみようと思います。

パイロットフィッシュ (角川文庫)

パイロットフィッシュ (角川文庫)

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