アイスハート

一片氷心で四季を巡る書斎ブログ

3年間の都会暮らしを終えて田舎生活に戻りました

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2017年7月某日をもって、3年と少し暮らした神奈川県川崎市を離れて、三重県某市の実家に戻りました。

出戻り先である職場が実家から非常に遠いので、地元での一人暮らしも検討しましたが、職場に近づくほど田舎になっていく土地柄、しばらくは様子見としたいと思います。

とはいえ私も30歳の独身という事で、世間から見ればパラサイト・シングルみたいなものです。しかし、3年の都会暮らしの間に父が亡くなり、実家が母一人で寂しい感じになっていたので、ひとまず実家で暮らすことにしました。

なぜ都会生活を離れたのか

これは私の選択ではなく、そもそもが3年間の任期付きの関東赴任で、最終的には3年を少し超えるかたちになりましたが、任期満了に伴うものであった、という点があります。

しかし、希望を伝えればもっと長く着任を継続する事も可能だったのですが、その意向を伝えませんでしたので、そういう意味では自ら退く事を選択したとも言えます。

ではなぜ都会生活を手放したのかというと、『何もない』の一言に尽きます。

転機となった椎名林檎『丸の内サディスティック』

転機は任期を延長するか否かの選択を迫られていた時、たまたま聴いた椎名林檎の『丸の内サディスティック』でした。

丸の内サディスティック

丸の内サディスティック

  • 椎名林檎
  • J-Pop
  • ¥250
  • provided courtesy of iTunes

曲の意味するところは全体を勘案すると他にある気もしますが、はじめの一節に「東京は愛せど何もない」というフレーズが妙に耳について離れませんでした。全くもってその通りだな、と。

駅の近くに住んでいたこともあって、徒歩圏内で生活する上で必要なものはもちろん、いささか過剰と言えるものまで、とにかく何から何まで何でも簡単に手に入りました。それが電車1本で都内に入ると、目が回るくらい煌びやかな物を目にすることもできました。

しかし、それでもやはり『何もない』のです。何でもありすぎるが故に何もありません。

仕事では各地方へ出張する機会が非常に多かったのですが、今になって思い返せば、首都圏から全く知らない地方へ出向くときの方が、普段オフィスで燻っている時と比べて、もっと生き生きとしていたと思います。

一言で言えば私には都会生活は合わなかったのだと思います。

田舎の夜は早い

川崎市は工業都市の政令指定都市という事で、市役所の裏手には有名な男の一角があったり、何故か道ばたに高級車がずらりと停まっている路地裏があったりと、川崎国と揶揄される程度に治安は良くありません。

また、東京との間に多摩川があるためなのか、空き缶を集めて生計を立てるワイルド・ライフな人々も必ず見かけます。

例えば19時程度の時間では、夜はまだまだこれからで、日付を跨ぐ深夜になっても酔っ払いのおっさんや、派手な格好をしたお姉様たちが普通にうろついていたり、私が住んでいた川崎駅周辺は、飲み屋街が四方八方に広がる、いわゆる眠らない街と言っても過言ではありませんでした。

一方で、戻った田舎は日が暮れたら虫の鳴き声か、国道を走り抜ける車の排気音しか聞こえません。遠くの方からは川を跨ぐ橋を通過する電車の「ガタンゴトン」という音響が少し遅れて聞こえてきます。

冬になると寒いのにどこか暖かく、空を見上げると星がくっきりと見え、それほど自然は豊かではないけれど、四季の違いをハッキリと感じる事ができます。

ちょっと前までは25時を過ぎても眠気を感じる事ができなかったのに、今では22時を過ぎると眠気を感じ、遅くとも24時には眠っています。

田舎は田舎で何もないのは確かですが、都会にはない何かがきっとあるのだと肌で感じるのです。

これからの生活

もう30歳ですが、されどまだ30歳ですので、これから先ずっと地元で暮らすとは限りません。

私が勤める会社は上場企業ではありますが、ここ数年で一気に斜陽産業となってしまったため、一つの会社を勤め上げて会社員生活が終わるとは思えませんし、一方でそうなる可能性だって0ではありません。

非常にありがたいことに、3年間の首都圏勤めで複数社から転職のお声かけもいただきましたので、どうやら転職さえすれば首都圏内に戻ることはそれほど難しくなさそうです。

しかし、今はまだ選択の時じゃないと思っています。

私の人生計画には今のところ結婚という選択肢はありませんが、それも今後どうなるかは分かりません。

目下しばらくは仕事はほどほどに留めつつ、のんびりとした田舎暮らしを楽しみたいと思います。

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