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アイスハート

あの時、凍った私の心。炉心溶融、人を愛す心はいつ溶るのか。傷だらけの一片氷心の日常。

『ちょっと今から仕事やめてくる』北川恵海/仕事が憂鬱になった時に読みたい、社会で生きることの意味を知る小説

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2009年4月、満を持して大学を卒業した私は、とある企業に就職しました。

諸々の事情が有り、急遽就職活動を開始した私にとっては就職活動そのものに非常に苦しみ、それなりに苦労してやっと得られた内定でした。

「これから約40年この企業で働き、いつかは偉くなり、安定した生活を送る事ができるのだろう。」

しかし、そんな甘い考えは研修期間の3ヶ月を過ぎた頃に砕け散りました。今思い返せば、いわゆるパワハラだったと思うのですが、仕事がうまくこなせなかった自分が悪い、と自分で自分を追い込んでいた事が思い出されます。

ブラック企業にこき使われて心身共に衰弱した隆は、無意識に線路に飛び込もうしたところを「ヤマモト」と名乗る男に助けられた。同級生を自称する彼に心を開き、何かと助けてもらう隆だが、本物の同級生は海外滞在中ということがわかる。なぜ赤の他人をここまで?気になった隆は、彼の名前で個人情報をネット検索するが、出てきたのは、三年前に激務で自殺した男のニュースだった―。スカっとできて最後は泣ける、第21回電撃小説大賞“メディアワークス文庫賞”受賞作。

会社を辞めたくなった事はありませんか?

一週間の歌 作詞作曲 青山 隆
 
月曜日の朝は、死にたくなる。
火曜日の朝は、何も考えたくない。
水曜日の朝は、一番しんどい。
木曜日の朝は、少し楽になる。
金曜日の朝は、少し嬉しい。
土曜日の朝は、一番幸せ。
日曜日の朝は、少し幸せ。でも、明日を思うと一転、憂鬱。以下、ループ。(45ページ)

社会に出て半年も経たないうちに、私はある種の限界を迎えていました。「会社を辞めたい」、そんな相談に母は賛成してくれたのですが、父からは大反対を喰らいました。

しかし、私が幸運だったのは、相談できる相手である家族が常に日常の中に居る事でした。これが一人暮らしという閉鎖空間であったとすれば、あの頃の私は今頃どうなっていたのか分かりません。

人は何のために働くのか---
入社してから三ヶ月ほどは、そればかり考えていた。
けれどもう、考える気すら起こらなくなった。
辞められないなら働くしかない。余計なことは考えない。
ただひたすらに、一週間が過ぎるのを待つだけ。(10ページ)

本作品に登場する主人公・青山隆は一人暮らしをしており、相談相手が居ない事で当時の私と同じ様な悩みを抱え、駅のホームで長い人生において早まった行動をとってしまいます。

しかし、昔の同級生を名乗る謎の男・ヤマモトに、間一髪で命を救われるところから物語が始まります。

仕事を辞めたくとも辞められない心理

その後、ヤマモトからのアドバイスを基に、どんどん自信を取り戻していく隆。

しかし、全てが上手く行き、社会人生活がやっと軌道に乗り始めた頃、大型の受注案件でありえないミスが起こり、隆は窮地に立たされてしまう。再び、隆にとって会社が憂鬱な空間に変わり、やがてあの時のように自暴自棄な生活に陥る。

「なあ」
しばらく黙って食事に集中していたヤマモトが、急に口を開いた。
「隆、会社変えたら?」
"携帯変えたら?"くらいの軽いノリに、俺は面食らった。(100ページ)

私も一時は会社を辞めたいと思っていた時期がありましたが、隆と同じ様に持ち直した時期もまたありました。そして、程度は違えど再び負の連鎖に陥ってしまった経験も有り、本作品はまるで当時の私を投影しているのかと思うほどです。

ヤマモトは眉間にしわを寄せて、何やら考えていたが、励ますのは無理と思ったのか、俺にもう一度「転職しては」とアドバイスしてきた。
しかし、俺の問題はそこではない。
たとえ転職したところで、俺は社会で活躍できるような人間じゃないし、そもそもこんな使えない男を雇ってくれる新しい会社なんて見つかるわけがない。
社会のゴミでしかない俺を置いてくれるこの場所に、俺はい続けるしかない。(104ページ〜105ページ)

逃げ場が無いと自分で自分を追い込み、自分で言い聞かせて自己完結してしまう心理。

前向きでは無い理由で仕事を辞めたい、一度でもそう考えたことのある人には分かる心理状態ではないでしょうか。

会社に限界を感じたのなら、一度冷静になって考えよう

そして、負の連鎖から抜け出せなくなった隆の鎖が、ついに壊れ始める。

日曜日の朝は、少し幸せ。
俺は今、少しだけそう感じている。
だって明日からはもう、この歌を歌い続けなくていいから。
今日で全てが終わる。
日曜日のまま、永遠に月曜日は来ない。(158ページ)

会社の屋上へと続く南京錠を壊し、空を仰ぎ、自らの生を終わらせようとする隆。しかし、終わりを迎えようとする隆のもとに再びヤマモトが現れる。

突如、ヤマモトが俺に質問をし始めた。
「あのさ、隆。人生は誰のためにあると思う?」(中略)
「そう。お前の人生は、半分はお前のためと、あとの半分は、誰のためにある?」(中略)
ヤマモトは小さな溜め息をつくと、真剣な表情になって、俺の目を覗き込んだ。
「お前、おぎゃーって産まれたときから今日まで、自分一人で大きくなったとでも思ってんの?」
言葉が出なかった。
「なあ、隆。お前は今、自分の気持ちばっかり考えてるけどさ。一回でも、残された者の気持ち考えたことあるか?なんで助けてあげられなかったって、一生後悔しながら生きていく人間の気持ち、考えたことあるか?」(165ページ〜167ページ)

苦労して内定/入社した企業と、一生付き合わなければいけないなんて誰が決めのでしょう。

隆の危機を再び救ったヤマモトが放ったのは、当たり前すぎる言葉です。しかし、限界を迎えた人間にはそんなことも考えられなくなる、そんな恐ろしい心理状態にかつて私もあったことを思い出すとともに、非常に勇気付けられました。

【総合的な感想】ザマミロ&スカッとサワヤカな終わり方

ブラック企業である会社(あるいは社会)に痛めつけられた主人公の心理を、会話形式を主体にする事でリアルに描いた本作品。

全体の3/4程度は、憂鬱な主人公・隆をヤマモトが助言や行動で支えていくのですが、ラストスパートは「ザマミロ&スカッとサワヤカ」です。

いわゆるDQN返しではありませんが、長い梅雨から突然カラッとした晴天が訪れる様に、とても爽やかな気分になれます。

人生において、働くという事はどうしても必要ですが、それだけが人生の全てではない事がよく分かります。当たり前すぎる事なのですが、これまでの認識以上にその事を改めて教えられたような気分です。

蛇足になりますが、新社会人の当初は、本作品の主人公・隆と同じ様な悩みを抱えていた私ですが、その後、実際に会社を辞める事はありませんでした。

その後、入社時に希望していた部署へと配属が決まり、今では自分に合う仕事に就き、当時の鬱状態が嘘の様に、のらりくらりと生活しています。

ともあれ、仕事が憂鬱になった時に読みたい、社会で生きることの意味を見出す小説でした。新社会人も、中堅社員も、働くことに疲れた時に読めば、きっと新しい発見ができると思います。

ちょっと今から仕事やめてくる (メディアワークス文庫)

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