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一片氷心で四季を巡る書斎ブログ

『コンビニ人間』村田沙耶香/社会不適合者は不幸なのか?普通であることは幸福なのか?

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私は大学1年の夏休み中と4年生に1年弱ほどコンビニのアルバイト経験がありますが、時給が安い割に多くのサービスを提供しなければならず、土地柄めんどうな客も多かった事もあって、多くの意味で大変なアルバイトです。

また、働く人も多種多様でした。事業が失敗した中年男性、アルバイト生活のまま結婚して子供がいる30代のフリーター、扶養家族の範囲内で生活費を稼ぐパートタイマー、日中は工場で働きつつ夜勤バイトもこなすタフな中国人、経営者になる夢を語る男子高校生。

中でも大学4年生の時にバイトをしていたコンビニの雇われ店長は、昼夜問わずアルバイトの欠員部分を埋め合わせしていたため、不規則な生活と見るからに不健康な食生活から、この人は恐らく早死にするだろう、なんて考えていた事を思い出します。

今当時のアルバイト先を訪れても、大学1年生の夏休みを過ごした複合施設の1階にあったコンビニは建物ごと無くなり、4年生の頃の国道に面したコンビニは当時の知り合いが一人も残っていません。みんなどこへ行ってしまったのでしょう。

しかし、あの狭いコンビニという空間の中へ多くの人が訪れ、その中で働く人も多種多様で、それはまるで異世界のようで、現実世界とは切り離された社会と文化を形成しているかのようでした。

36歳未婚女性、古倉恵子。大学卒業後も就職せず、コンビニのバイトは18年目。これまで彼氏なし。日々食べるのはコンビニ食、夢の中でもコンビニのレジを打ち、清潔なコンビニの風景と「いらっしゃいませ!」の掛け声が、毎日の安らかな眠りをもたらしてくれる。ある日、婚活目的の新入り男性、白羽がやってきて、そんなコンビニ的生き方は恥ずかしいと突きつけられるが…。「普通」とは何か?現代の実存を軽やかに問う衝撃作。第155回芥川賞受賞。

普通の人間っていったい何なのだろう

本書の主人公・古倉恵子は、コンビニでのアルバイトが18年目になる独身女性。24時間365日、生活から人間性までの全てを、コンビニのために捧げる、異様と言うか不気味さすら感じるほどのコンビニ人間です。

「どうしてこうなった」と言うよりも、元から普通では無かった人間であった様子が、主人公が幼かった頃の回顧シーンに登場します。

「どうしたの、恵子?ああ、小鳥さん……!どこから飛んできたんだろう……かわいそうだね。お墓作ってあげようか」
私の頭を撫でて優しく言った母に、私は、「これ、食べよう」と言った。
「え?」
「お父さん、焼き鳥好きだから、今日、これを焼いて食べよう」と言った。(8ページ)

普通の子供の発想とは思えず、もしも親として言われた側になった時、いったいどう接する事が正解なのでしょうか。恐らく、主人公の母と同じ反応をするのが大半なのでしょうが、一方で幼い頃の主人公・恵子の発想は果たして間違えているのでしょうか。

本書のこの場面を読んでいる時にふと思い出したのは、いつか昔テレビで見た、酪農学校の学生たちが豚を子豚の頃から育て、大人になった豚を最終的に自分たちで屠り食する、という1シーンでした。

号泣する生徒たちの心情には推し量れないものがあるのでしょうが、では、彼ら彼女たちは動物の肉をそれまで食べたことが無かったのだろうか?など、正解の見当たらない思考の堂々巡りで頭が混乱し、今でもその答えが見つからずにいます。

このテレビで見た1シーンに心動かされるのが普通だと思いますが、その場に1ミリも心が動かない人が居たとしても頭ごなし否定できません。本質的な正解なんてきっと無いのでしょう。そんなことを考えさせられます。

また、この物語の主人公・古倉恵子がどういう人物なのかを知るには、もう1つ象徴的なシーンがあります。

 こういうことが何度もあった。小学校に入ったばかりの時、体育の時間、男子が取っ組み合いのけんかをして騒ぎになったことがあった。
「誰か先生を呼んできて!」
「誰か止めて!」
 悲鳴があがり、そうか、止めるのか、と思った私は、そばにあった用具入れをあけ、中にあったスコップを取り出して暴れる男子のところに走って行き、その頭を殴った。(10ページ)

先の例では、生きるため食べるという、ある意味では無垢な子供のような発想のようにも思えました。

しかし、次の例では「止める」という目的のために手段を選ばない、というより物理的な暴力という手段を選んでしまったというところが、主人公が普通ではないということを決定付けています。

人間は良心や理性を持ち合わせた社会性があってこそ、他の動物と異なる(と、私は考えている)のですが、何のためらいもなく目的のために暴力を用いる様は、さながらサイコパスといったところでしょう。以前に呼んだカミュの『異邦人』を思い出させるものがあります。

ただし、物語のテーマは犯罪や精神疾患とは無関係です。

清々しいほどのクズ人間・白羽がいい味を出している

ちょっと不思議で単調な繰り返しである主人公のコンビニバイト生活にスパイスを加えるのが、主人公の働くコンビニに出会いを求めて加わった35歳の男性で、就職できない(しない)のも、結婚できないのも、性的な経験がないことも、全て社会が悪いと決めつけ、「明日から本気を出す」気すらないような清々しいほどのクズ人間・白羽です。

勤務態度は不真面目そのもので、周りをとにかく見下し、難に関しても悪態をつきまくる白羽。そんな調子なので、仕事っぷりも全くダメで、他のバイト仲間からは気味悪がれ、あわや女性アルバイトだけでなく女性客に対するストーカー寸前にまで至り、長く続きするはずもなく、白羽はクビになってしまいます。

しかしその後、普通に見られたい古倉と存在を消したい白羽という二人は、お互いの利害一致のもと奇妙な同棲生活を送っていくことになるのですが、ここからがとにかく面白い。

大人の男女が一つ屋根の下と言えば、世間からは夫婦か恋人同士と見られるのが普通なのでしょうが、そこは普通ではない二人なので良い意味でも普通のメロドラマ的な要素は微塵もありません。エンタメ的な目線で考えると、ある意味新しいかもしれません。

白羽はとことんクズですし、古倉は最後までコンビニ人間なわけです。

考えさせられる小説

小説にも種類があり、私の中では大きく分けて「読むだけの物語」と「考えさせられる物語」の2つに分類してるいるのですが、本書は明らかに後者に属します。(ちなみに、それらに優劣はなく、どちらも分け隔て無く好きです。)

購入当初、てっきり物語名から「まるでコンビニのように便利で何でも手に入れることができる人間」の物語かと思っていたのですが、文字通り「コンビニ人間」の物語でした。

キャッチーな物語名ですが、芥川賞を受賞している作品ですので、はじめから文学的な要素が高い事は分かっていましたが、現代的で読みやすく、また良い意味で想像とは異なる物語で後味も悪くありません。

「社会不適合者は不幸なのか?普通であることは幸福なのか?」そんなことを考えさせられる物語でした。ちなみに、その答えはまだ見つかっていません。

一時よりかなり小説を読む機会が減っていた私でしたが、やっぱり小説っていいなぁ、なんて思う夏の夜でした。

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