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アイスハート

あの時、凍った私の心。炉心溶融、人を愛す心はいつ溶るのか。傷だらけの一片氷心の日常。

『箱庭図書館』乙一/公募のネタがリメイクされた作品集

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乙一の作品は、学生時代にほとんど読み尽くしていました。

しかし、つい先日読んだ、アンソロジーに乙一が含まれており、著者紹介と著書の抜粋に本書、『箱庭図書館』が挙げられていた事が気になっていました。

別の用事で有川浩の『レインツリーの国』を買おうと古本屋さんへ行った際、「あ」の行すぐとなりに「お」の行の棚があり、自然と目に止まり、そのままレジまでご一緒した訳です。

本書は、一般公募「乙一小説再生工場」で小説のネタを集め、乙一がリメイクするという試みから生まれた、新しいかたちの小説です。

僕が小説を書くようになったのには、心に秘めた理由があった(「小説家のつくり方」)。ふたりぼっちの文芸部で、先輩と過ごしたイタい毎日(「青春絶縁体」)。雪面の靴跡にみちびかれた、不思議なめぐり会い(「ホワイト・ステップ」)。“物語を紡ぐ町”で、ときに切なく、ときに温かく、奇跡のように重なり合う6つのストーリー。ミステリ、ホラー、恋愛、青春…乙一の魅力すべてが詰まった傑作短編集!

小説家のつくり方

『小説家のつくり方』に登場する人物はユニークです。

主人公はタイトルに従って小説家なのですが、その姉が暇がなくとも本を読む重度の活字中毒、という姉弟なのに、かたや書き専、かたや読み専というデコボコ姉弟なのです。

こういうデコボコ・コンビというのは、推理小説や刑事小説などではありがちな設定で、難解な事件(あるいは、シンプルな善と悪)を、紆余曲折しながら解決・打破していく、というのが起承転結の定番です。

ところが、まるで小説家としての乙一自身の自伝っぽい雰囲気の物語で(ネタは公募されたものですが)、このデコボコ姉弟が何をするのかというと、特に何もしません。

いかにも、読書マニアを挑発するようなタイトルに見合わず、ちょっとひねりが弱い作品という第一印象ですが、実は本書を楽しむための重要なプロローグとなっています。

コンビニ日和!

かるい感じのタイトルがお気に入りの本作品。

なんとも不便利なコンビニと、どこか憎めないバイトの先輩後輩関係な2人の言動に、思わずニヤリと口角が上がります。

そしてコンビニ強盗。なんとなくタイトルから「やっぱりね」、という展開なのですが、このバイトコンビのどこか「何とかなるだろう」という脳天気な”ゆるさ”に始終ニヤニヤとしてしまいます。

どれぐらい脳天気かというと、強盗と以下のような会話をするほどです。

「うまい棒って、値段が十円ですよね昔から」
「原材料が変動しても値段は変わらない」
「長さを微妙に変えて調節してるんですよね」
男がため息をついた。(48ページ)

そして、警察がパトロールに訪れ、奇妙にもあの手この手でコンビニ強盗をかばう2人。

なんとなく展開が読めてくるのですが、最後の最後に、それとはまったく別の要素で驚く事になります。

青春絶縁体

主人公である「僕」は自分をナメクジの様だと揶揄する文芸部員。たったひとりの先輩部員である小山雨季子(こやまうきこ)は何とも言えない残念系美人という、どこかジメっとした学園生活。

何となく『僕は友達が少ない』を思い浮かべる「痛さ」がそこにはあります。

「あんたは、どんなの書いたの?」
「僕はちゃんと書きましたよ。文才にびびって、しょうゆを一気飲みしてください」
先輩が、僕のノートをうばいとって、読み始める。
「なにこれ」
「『ギャグマンガ日和』というマンガを参考に書いてみました」(80ページ)

こういった、先輩後輩間における軽口の応酬がどこか心地よく、まさか活字で私の大好きな『ギャグマンガ日和』のタイトルを目にする日が来るとも思いませんでした。

会話のキャッチボールが不得手なくせに、どうして小山雨季子先輩とだけは話ができるのか、理由がわかった気がする。僕たちは本質てきな部分がにていたのだ。忌み嫌い、常々、死んでしまえばいいのにとおもっていた自分のだめなところが先輩のなかにもあったのだ。(97ページ〜98ページ)

しかし、長くて短い日陰のような学園生活の中で、似ても似つかないと思っていた先輩(小山雨季子)が、実は自分と似ており、やがてひょんな事から優位に立った時、その関係が崩れはじめ、ついに先輩が部室に来なくなる。

やがて、主人公は自分の学園生活に多少のフェイクを加えた小説を執筆します。

先輩にあやまらなくてはいけなった。先輩につたえなくてはいけないことがある。言わなくてはいけないことがある。(113ページ〜114ページ)

そしてやがて、青春が花開きます。・・・リア充、爆発しろ!

中盤にチラッとだけキーワードが埋め込まれ、驚きなのがラストスパートでサラっと別の物語と意外で密接にリンクしていることが明かされます。

こういった、どんでん返しを、突然放り込んでくるのが乙一らしい手法ですが、本書全体の半分は現時点でまだ残っています。

ワンダーランド

ここまで、面白おかしく、ちょっぴりおかしな微笑ましい日常的な短編が続きました。

ところが、ここで突然に物語が暗転します。

治まらない頭痛を抱える殺人鬼と、学校へ行く途中に鍵を拾った小学生。

それぞれが、それぞれの鍵を持ち、合致する鍵穴を探す物語が交互に描かれます。

  • 殺人鬼の持つ鍵はナイフの事で、鍵穴は女の肋骨。
  • 小学生の拾った鍵と探す鍵穴は、どちらも一般的なもの。

冒頭からこんな調子なので、突然のホラーに蒼然としてしまいました。

それぞれの鍵穴を探しているうちに、やがて2つの物語がお互いを引き寄せ合い、ついに・・・。

あまり連々と書くとネタバレになってしまいますので、本作品への言及はこのへんにしておきます。

そして例に習って、後半にまた物語の紡ぎ(つながり)を発見します。

王国の旗

【車のトランクなう】(181ページ)

『ワンダーランド』の暗い物語に続いて「マジかよ、今度は誘拐ものかよ」、と思わずボヤきそうになりますが、どこか力の抜けた女子高校生が本作品の主人公です。

どれくらい力が抜けているかというと、のん気に車のトランクで二度寝し、車が走っていないことを感じて、おもむろに自らトランク中から開けて深呼吸をする、といった危機感の無さ具合です。

今日の昼ごろ、授業が退屈で、学校をぬけだした。行き場のない私の目の前に鍵がささったままの車があった。トランクにしのびこんで昼寝をしていたら、車がうごきだしてしまい、出るに出られなくなったので何時間もじっとしていたのだ。(183ページ)

というのも、実は誘拐ではないということがあっという間に明かされるからなのですが。

物語がスタートする時間は、どうやら真夜中の様で、彼女がトランクから退室する様子を見ていた12歳くらいの少年に、廃墟となったボウリング場へと手を引かれて誘(いざな)われます。

そして、そこで目にしたのは、子供だけの王国。

【ボウリング場なう】(196ページ)

「うなぎなう。」みたいに、ここでもいい感じの脱力感です。

しかし、昼間の自分は本当の自分ではない、食事も偽物。ここ(真夜中のボウリング場)での自分と食事こそが本当の自分である、と口を揃える子どもたち。

本当の自分たちのため、あるいは大人たちを、たおすための王国。

大人たちから窃盗をする、という原始的でかつ野蛮な手法を、王国の運営資金確保の手段に挙げる子どもからは、どこか原罪的で宗教的な側面を感じます(私の過大解釈な気もしますが)。

「私は、あなたたちの仲間にはならない。だからもう、帰らせてもらうね。私の家は、ここじゃないから」(205ページ)

右往左往あって、小野早苗(主人公)は大人たち(あるいは現実)の世界に帰るのですが、後半恒例の、いきなり現れる紡ぎがここでも、また。

ここまで来ると、どうやって他の短編とつながっているのかが、明かされるのが楽しみで仕方がありません。

ホワイト・ステップ

原作は例に習って、やはり素人のボツネタなのですが、最も多くのページを割かれており、最も乙一らしい作品。

帰り道、公園を見つけた。寒さのせいか、子どもたちは見あたらない。だれかの靴跡がひとつあるだけで、そのほかにはきれいな雪面がひろがっている。
公園にひとつだけあった靴跡は、入り口から中央のベンチまで一直線にのびていた。(224ページ)

こちらは、物語に登場する女性目線。

ひとまずアパートにもどろうか。ベンチからたちあがり、あるきだそうとして、その異変に気づいた。
公園にはずっと自分しかいなかった。僕がここに来たとき、だれの足跡もなかったはずだ。見わたすかぎりまっさらな雪面だった。しかし、いつのまにか僕の足跡のほかに、もう一種類の靴跡が出現していたのである。(229ページ)

こちらが、物語に登場する男性目線。

姿は見えないけれど、お互い、雪面に現れた靴跡と文字で相手を認識したり、会話をする、いわゆる平行世界(パラレルワールド)を題材とした作品です。

本作品を読んで、『Calling You』、『平面いぬ』など、既存の白乙一と呼ばれる作品に非常に似ている、と感じました。

そして、パラレルワールドのそれぞれの世界でも、やはり他のストーリーとのリンクがあります。

総合的な感想

同じ乙一ファンが寄稿したということで、良くも悪くも、乙一らしい設定が多い、という印象です。

ただし、原案が素人のボツネタということもあり、作家の手でリメイクされたと言えど、全体的に荒っぽく未完成さが滲み出ています。

仮に、それぞれを単体で単行本として刊行された場合、その興行収入は、現在の邦楽オリコンチャートくらい悲惨なものとなったであろう事は容易に想像できますが、それぞれの物語を紡ぎ合わせた事で、短編ではない1つのストーリーとして楽しめるという点では、短編集ながらも1冊の本として重要な役割を果たしています。

おそらく、多くの純文学を愛する人には、読むに耐えられない内容だと思いますが、乙一ファンとしての私としては、確かに未完成ではあるものの、未開の荒地を、乙一が読めるモノとしてリメイクした未完成作品としては、これはこれでそういった試みも含めて面白いと思います。

おまけ

下記URLで、収録されているい作品の、原作が読めます。

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